まだ見ぬ癒しのタイランドへ

まだ見ぬ癒しのタイランドへ -8-
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 古来より南部トランはマラッカ海峡を行く外洋船の貿易港として栄え、シュリーヴィジャヤ帝国の都、スマトラ島のパレンバンとタイ湾側のチャイヤーとを結ぶ中継港として発展してきた。現在のトラン市はやや内陸にあり、ゴムの輸出拠点となっているが、西へ40キロほど行くと石灰岩や珊瑚礁からなる無数の島々が浮かぶ美しいアンダマン海が広がる。

 トラン随一のパークメン・ビーチ。どこまでも続く白砂の美しい浜に心地よい風が吹き抜けて行く。まだ人影も少ない朝の浜辺、マリン・ブルーの海を背景に波と戯れる親子3人の姿が見える。 


 「ねぇねぇ、見て! ほら、きれいな貝殻でしょ。砂のお家も作っているんだよ」
 「私たちはカンタンから来ました。休日になると、子どもたちとこうして海辺にやって来るのです。今日は波も静かで穏やかな海ですね・・・・・・」

 まずカンタンから話を始めよう。トラン市の南西約20キロにあるカンタンは、遠くナコーン・シー・タマラート県のカオ・ルアン国立公園より流れ出る大河、トラン川がアンダマン海に注ぐ河口に開けた漁業の町である。


 古来この地はマレー半島中央部における貿易の拠点であり、タイ湾側のチャイヤーやナコーン・シー・タマラートへ抜ける街道は東西文化の交流の道として多くの人々が行き交った。今日、タイ国鉄の南本線はトンソン・ジャンクションの先を東へと折れ、ナコーン・シー・タマラートへ向かう支線と、西側のトランを通ってアンダマン海のカンタンへと向かう支線がある。カンタンはバンコクからアンダマン海側へと走る唯一の鉄道路線の終着駅でもある。


 県都トランを始めカンタンなど、この辺り一帯は中国福建省からの移民が多いことでも知られる。カンタンの町にはこれといった見所はないが、町を歩けばあちこちに残る古い華人の街並みやトラン川を行き交う大小の船など港町独特の風情が漂う。

 新鮮な魚介類を使った海鮮料理はどれも驚くほど安く美味である。町の歴史を伝える小さな博物館も興味深く、町外れの小山に設えられた展望台に上れば、遠くアンダマン海までが一望のもとだ。

 郊外には初めてタイにもたらされたというゴムの木が国道沿いにひっそりと立っている。
 ひと気のない昼下がりのカンタン駅舎。ここから17時間近くをかけてバンコクへと北上する夜行の快速列車はもうこの時間にはカンタンを出発して行く。


 トランからはアンダマン海の島巡りなど各種ツアーは多いが、カンタンを訪れる観光客はまずいない。
 ガイドブックにも載っていない小さな港町。そんな田舎町にも人々の生活はあり、この地に移り住み、長い年月をここで暮らして来た華人の息吹が今も確かに息づいている。トラン市街からはわずか30分ほどの距離。カンタンは南部タイでは最も印象に残る町のひとつである。


 トラン市は鉄道駅からまっすぐに伸びたラーマ6世通りに沿って市街地が広がる、何の変哲もない南部の地方都市だ。トランにもまた古い華人の街並みが残り、フィルターで濾過した美味しい福建式のコーヒーが味わえる地として有名だ。
 このトラン県のアンダマン海側には知られざる美しい島々とビーチが広がり、マリン・スポーツのメッカとして知られている。
 国立公園に指定されているパークメン・ビーチはタイにあって最も美しい浜のひとつであろう。眼前には巨大な石灰岩の島々、沖合にも多くの島々が霞み、まるで瀬戸内海を彷彿させる海洋美は訪れる人々の心を和ませる。


「・・・・・・あの日から、もう2年近くの歳月が流れました。しかし、今もこの子たちの母親は見つかっていないのです。下の子はまだ小さかったので、満足に母親の顔も覚えていません」
「その前日から、妻はおばあちゃんの具合が悪いということで、カオラック(注:カオラックはプーケットの北、パンガー県のアンダマン海側に位置する)の実家に帰っていました。ええ、家は浜の近くにありました。朝、浜辺でおじいちゃんと魚を捕るための網を修理していたと聞きます。それから・・・・・・、何が起こったのか・・・・・・。私たちが駆けつけたときには家は跡形もなく、そこにいたはずの誰もがいつまで経っても帰って来ませんでした」


「もちろん、ここトランでも被害はあったのですが、私たちはすぐにカオラックに向かいました。カオラックの浜は・・・・・・。あの惨状は思い出すたびに言葉もありません。それから、ずっと妻とおじいちゃん、おばあちゃん、そしてまた帰って来ない親類を探し続けました。プーケットやクラビーの捜索センターや安置所、身元識別センターにも何度も行ってみました。・・・・・・けれど、どこへ行っても見つからないのです」


 子どもたちは波打ち際を駆け回り、砂で作った家に貝殻を飾りつけている。降り注ぐ陽光と吹きぬける潮風。・・・・・・海鳴りだけが迫って来る。

「あれからずいぶん長い月日が過ぎたように思います。外国から来た人も私たちタイ人も、まだ帰って来ない人たちが大勢います。世界中から多くの人たちがやって来ては一緒になって探し、私たちを励ましてくれました。今ではもうあの日の出来事が夢のようです」


「海はご覧の通り、今日も穏やかです。何であの日に限って・・・・・・。子どもたちは、母さんはこの海から帰ってくると信じています。ですから、こうして休日の度に海辺にやって来ては母さんを待っているのです。・・・・・・でも、もう私たちには祈ることしか出来ないのでしょうか」


 タイ南西部のアンダマン海。ラノーンからパンガー県のカオラック、南に下ってプーケット、ピーピー島、クラビー、さらにトランからサトゥーンにかけてはタイでも有数の美しい海岸線が続き、数ある海洋リゾートは国際観光地としても名高い。
 2004年12月26日朝、インドネシア・スマトラ島沖のスンダ海溝でM 9.3という大地震が発生。震源の東側にあたるタイの海でも押し寄せる大波に5千数百人の人命が奪われ、行方不明者は3,000人にも及ぶという。


 今日、復興の槌音は高く響き、アンダマン海の浜辺には海外からの観光客も戻って来た。どこのリゾートもまるで何事もなかったかのような賑わいだ。
 一方、パンガー県では2006年10月中旬から400名を超える身元不明者の埋葬が始まったが、行方不明となった人々の家族は今なお傷心の思いで帰らぬ人の捜索を続けている。

 パークメン・ビーチに優しい朝風が吹き抜ける。揺れるハイビスカスの紅い花、陽を受けてきらきらと光る海。沖を行くあの船はどこの島へ行くのだろう。
 遠くの桟橋には船を待つ観光客の姿もちらほらと見える。漁船が一艘、エンジン音を響かせて沖に向かってゆく。潮騒の中、3人の姿はまだ浜を動かない。


*旅の参考に*
 トラン市内には多くの旅行代理店があり、アンダマン海に浮かぶ美しい島々を巡る各種ツアーが催されている。カンタンへはトランからソンテウ(少人数の乗合いバス)が走っているが、効率よく地域を巡るにはトランでドライバー付きの車を雇い、パークメン・ビーチから石灰岩の洞窟やカンタンをゆっくり回ってもほぼ1日の行程である。トラン市内の滞在は和食レストランも併設する街一番のトゥムリン・タナー・ホテル(THB 1,300.-Up)をお薦めしたい。飛行機の場合、事前に依頼しておけば空港まで迎えに来てくれる。


*Thumrin Thana Hotel(=右写真) : TEL 075-211-211~20 / FAX 075-223-288
*Trang Travel Company : TEL 075-219-598

※本稿はバンコクにて発行されている日本語情報誌「Web」2006年12月16日号掲載の記事に加筆・修正したものです。

【写真・文】小田俊明  旅行作家。大手エンジニアリング会社に在職中、中東を中心に世界各地の大型プラント建設プロジェクトを歴任。早期退職後、2002年より執筆活動に入る。タイでは同国政府観光庁他の要請により、日本人にまだ知られていないタイ各地を巡り、その魅力を現地バンコクの情報誌等を通じて紹介。中高年層にも向く新しい切り口の紀行エッセイとして『ウィエン・ラコール・ホテルの日々』(文芸社)にまとめる。

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